渋沢栄一の最期のとき

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「どんな事業を興すに当たっても、
またどんな事業に関連するときでも、
利益本意には考えない。
この事業こそは起こさねばならない、
この事業こそは盛んにしなければならない。
そう思って決めたとき、
これに関与し、株を所有すればいいのだ」

こちら何度かブログでは紹介しています。
今は1万円札の顔、
渋沢栄一さんの言葉ですね。
2018年に私が書いた本、
Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?
で紹介したものです。

11月11日は、その渋沢さんの
ご命日だったそうです。
亡くなったのは1931年のこと。
91歳までの長い人生を、渋沢さんは享受しています。

でも、長い人生をほぼ現役、
「利益本意には考えない」という姿勢で
取り組んできたのが渋沢さんの人生。
その最期の仕事が、
井上裕之先生の『一流の死に方』という本で
紹介されています。

それは渋沢さんが89歳のとき。
彼は病に臥し、
自宅で療養していたといいます。

時は1929年、世界大恐慌が始まり、
日本でも多くの失業者や
貧困者が出てきていました。

ところが軍国主義に走っていた政府は、
中国進出にばかり熱心で、
国内の福祉政策に関心がありません。

そこで「影響力のある渋沢に
救済事業の先頭に立ち、
政府を動かしてほしい」という
要望が起こったんですね。

「この老いぼれが平素養生しているのは、
せめてこういうときの役に立ちたいからだ」

医師の忠告を振り切り、
彼は快く、依頼を引き受けます。

渋沢栄一が亡くなったのは、
その2年後だったんですね。

それだけの務めを果たせたのは、
むしろ幸せだったのかもしれません。
最後まで自分の使命を貫けるような生き方、
別に渋沢さんのように
大きなことでなくていいのですが、
できる限りは実践していきたいものです。

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