明君は戦争などしない

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こちら、『超約・貞観政要』とあります。

そう、久しぶりに週末をかけてチェックしている
自分の本の「ゲラ=校正紙」なんですね。

もちろんゲラを読む機会は
編集の仕事をしていれば、何度もある。
ただ、自分が著者である場合は、重みが違います。

嬉しい反面、「下手だよな〜」なんて
落ち込んでしまうところもある。
いつも試行錯誤になるのですが、
どこかで迷いを断ち切り、
明日には出版さんに送るつもりです!

そこで非常にタイムリーな箇所もあるのですが、
今回の『貞観政要』。
7世紀の中国で「唐」という国の基礎を築いた
「皇帝・太宗」と部下たちのやりとりを
後の時代にまとめた記録です。

その理由というのは、
中国でも最高の黄金時代をつくった太宗さん、
ただ、自分は明君なんて程遠い、
未熟な皇帝初心者だと思っていたわけです。
だから後代のリーダーに、
部下たちと悩んできた記録を残そうとしました。

その自身を「ダメ皇帝」とみなす1つの理由に、
戦争を始めてしまっていることがあります。

その相手というのは、
中国が現在も人権問題を引き起こしている
新疆ウィグルに当たる場所。
当時は「突厥」と呼ばれた
トルコ系騎馬民族が住んでいました。

戦争が始まった理由は、この遊牧民が
唐の領域内に侵攻してきたからです。

ただ、それでも「戦争をするべきでない」と
太宗が思っていたのは、極めて合理的な理由からでした。

つまり皇帝が戦争を始めれば、
農民たちが戦場へ駆り出されることになる。
すると収穫量が減り、国の経済が失墜してしまう。

さらに加えて、敵を滅ぼしたりすれば、
その国の民もケアしなければならないわけです。
すると負の連鎖にしかならないから、
できれば戦争をしない問題解決の手段を考えようと。

結局、当時の東突厥のリーダーが、
どこぞの大統領のように聞く耳を持たなかったせいで
戦争は起こったのですが、
「明君ならその前になんとかするべき」が
皇帝のアドバイスになったわけです。

じつはそんな戦争だから、
やり方も非常に気を遣っています。

たとえば、突厥の英雄の葬儀があり、
有力者が1か所に集まる絶好の好機について
唐側は情報を得ます。

ここを奇襲すれば一気に勝利できそうですが、
将軍はそれにストップをかけた。

なぜならそれで勝っても
「唐は葬儀の最中に攻撃するような卑怯者の国だ」
というレッテルを貼られ、
後で自分たちが支配することになったときに
民衆の支持を得ることができないから。

これが7世紀のリーダーの発想ですから、
すごいことですよね。
21世紀にもなって
民間人まで攻撃しているどこぞの大統領に
この本を読ませてやりたい気分です。

夏川訳、『超約・貞観政要』は4月の発売。
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