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「源平の合戦のころ、
あるいは戦国時代の16世紀のころ、
武士たちは12歳や13歳という年齢で
両親と決別した。
そして父親から許可をもらい、初陣に出て、
多くの者が手柄や功名を、自らの手で勝ち取っていった。
彼らは皆、
子どもの心など持ってはいなかっただろう」

こちらは私が現代語訳している
啓発録』より。

まだ15歳だった武士、橋本左内が

「去稚心」として述べている言葉ですね。

先日13日は、「成人の日」でした。
でも、私が20歳になったときは、
まだ成人式が1月15日に行なわれていた時代。

なぜかといえば、
旧暦の1月15日は「小正月」で
新年、最初の満月が訪れる日。
この日に合わせて、その昔は
「元服の儀」が行なわれていたからです。

元服の儀というのは、
単純に「成人になる」というだけではありません。
名前も変わり、武士であれば、
刀を下げて、戦に出なければならなくなります。

その年齢は、実はかなりまちまちで、
後継がいない、などの政治的な理由で、
5歳とか6歳で成人にされることもありました。

それでも元服した以上、
家名を守ることに命をかけ、
場合によっては処刑されたり、
切腹を余儀なくされることもあったわけです。

「幼き心を捨てよ」と言った橋本左内さんも、
幕末に改革派だった福井藩の命を受けて
老中・井伊直弼と対立し、
25歳にして処刑されることになりました。

そんなふうに元服すると、
ときには命をかける責任を負うことになる。

戦士の文化があるところは、
たいてい似たような風習を持っていて、
だから部族によってはライオンと戦ったり、
決死のバンジージャンプをさせられたりと、
命がけのイニシエーションを行なっていたわけです。

もちろん、現代はそんなことをしなくていい。
だから「命懸けで責任をまっとうする」なんてことも
なくなっているのですが、
「誰かがやってくれるから」に任せていると、
いつのまにか「何もできない人」になってしまいます。

とくに変動の激しい現代です。
すでに会社は頼れなくなっているし、
当然ながら国もそれほど頼りにならない。
「本当なら助けてあげたいけど……」という人ですら、
皆が自分のことで手一杯だったりします。

だからこそ年齢と関係でなく、
いつまでも元服するような心構えで、
「自らの手でどうにかする」という
奮起の入れ直しをしたいところですね。

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